1. 非平面有機ドナーの伝導性電荷移動塩の構造と物性, に関する研究
- Author
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Mikio, URUICHI
- Abstract
これまで有機伝導性化合物となるドナーやアクセプター分子には平面性の良さが要求されてきた。これは分子伝導体における電子の移動が隣り合う分子間のπ軌道の重なりに由来するためである。それに対し本論文で用いた新規ドナー分子は非平面の構造をとっている。これらのドナー分子は電解酸化により得られる結晶中でもその非平面性を失っていない。この伝導性において不利に思える構造にもかかわらず、この非平面ドナー分子の塩のいくつかは非常に高い伝導性を示す。またこれら非平面ドナー分子は第一酸化電位と第二酸化電位の電位差が非常に小さい。この電位差はオンサイトクーロン反発エネルギーを測る目安となる。標題化合物のひとつのBDNTは一段階二電子酸化を受ける。このことはオンサイトクーロンエネルギーが負であることを示唆しており、negative-Uと呼ばれる状態の発見が期待される。この状態を持つことは有機超伝導体となりうる可能性を意味し、非常に興味深い系である。この非平面電荷移動塩の系の研究はまだ始まったばかりで、その構造や物性についての多くが未だ調べられていない。 このような観点より本論文では以下の点について実験、解析した結果について論じる。1.非平面ドナー分子BDNTとさまざまな無機ア二オンとの組み合わせの新しい電荷移動塩を合成した。得られた1:1および1:2塩より、分子の構造と酸化状態の関係を検討する。2.非平面ドナーBDNTと平面性の金属1, 2 - ジチオレン錯体アニオンとの組み合わせにより新規な電荷移動塩を合成し、伝導性および磁性について検討する。3.非平面ドナー分子BEDT-ATD部分酸化塩の系について、低温での金属から絶縁体への相転移の際の結晶構造変化について調べる。 BDNTの無機アニオン塩 BDNTは1, 3-ジチオール環の硫黄とベンゼン環のペリ水素の立体反発を持つ。同時に1, 3-ジチオール環の硫黄とチアジアゾール環の窒素との間に引力が働いている。この二つの力によりBDNTはバタフライ型の非平面構造となる。またBDNTは一段階二電子の酸化を受けることがサイクリックボルタンメトリの実験により確かめられている。このことは第一酸化電位と第二酸化電位の電位差が非常に小さいことを意味している。 対ア二オン存在下でBDNTの電解酸化を行うと組成比1:1のモノカチオン塩と1:2のジカチオンの塩がともに安定に生成する。しかしこれまでに単離に至った例は少ない。そこでさまざまな無機ア二オン存在下での電解酸化を試み、BDNT-SbF6とBDNT-(SBF6)2の二つの塩について単結晶を単離することに成功した。BDNT+の構造はBDNT0とほとんど同じバタフライ型の構造であった。一方BDNT2+ではπ共役が切れて、1, 3-ジチオール環が中央のナフトチアジアゾール環に対してねじれた構造であった。二電子酸化に伴うこの大きな構造変化が一段階二電子酸化の要因であると考えられる。しかし、同じジカチオン塩でもBDNT-(ClO4)2-CH2Cl2では、1, 3-ジチオール環は片方しかねじれずもう一方は元のように反ったままである。この結果から、ねじれた構造と反った構造は微妙なバランスをなしていると考えられる。BDNTと平面性金属1, 2-ジチオレン錯体との電荷移動錯体 BDNTと小さな無機対ア二オンとの間の1:1および1:2電荷移動塩は絶縁体化合物であった。金属的な化合物を求めて、平面性の金属1, 2-ジチオレン錯体[M(mnt)2](M=Ni,Pd,Pt,Au)との新たな電荷移動錯体を合成した。これらの化合物は粉末で半導体的であるがかなり高い伝導性を示した。これら伝導性の高い物質の中で、(BDNT)2[Ni(mnt)2]錯体が強磁性的な相互作用を持つことを見出した。さらにESRの測定よりこの強磁性相互作用には[Ni(mnt)2]のスピンが関与していることを明らかにした。伝導性はそれほど高くないが、BDNT[Au(mnt)2]2の結晶構造を解くことに成功し、BDNTがジカチオンに典型的なねじれた構造をとっていることを明らかにした。溶媒分子を含むBEDT-ATD電荷移動塩 BEDT-ATDはBDNTの類縁体で、バタフライ型の非平面構造をとる。金属的な(BEDT-ATD)2X(solvent)(X=AsF6,PF6,BF4;solvent=THF(テトラヒド口フラン),DHF(2, 5-ジヒドロフラン),DO(1, 3-ジオキソラン))塩の偏光反射スペクトルを測定した。とても低いエネルギー領域(4000-500cm-1)に最も低い分子内遷移が現れた。このことは拡張されたπ共役がバタフライ型の分子全体に広がっていることを示している。バンド内光学遷移の解析より等構造のこれらの化合物は狭いバンド幅の擬一次元性金属であると帰属された。光学伝導度スペクトルの形状よりこれらの化合物には強い相関のあることが示唆された。 低温の反射スペクトルにおいて全ての化合物でらせん軸の対称性の破れていることが示された。この金属-絶縁体転移温度以下でのらせん対称性の破れを(BEDT-ATD)2BF2(THF)と(BEDT-ATD)2PF6(DHF)について低温X線回折実験で確かめた。この構造変化は積層方向の二量化による4kFひずみの相転移であることを示している。この4kFひずみの転移であることを静磁化率の測定によっても確かめた。4kFひずみの構造ゆらぎは金属-絶縁体転移温度より上でも、対称性の破れに敏感なvibronicモードとして観測された。低温の結晶構造を解析し、金属-絶縁体転移温度以下で(BEDT-ATD)2BF4(THF)ではBF4とTHFが、(BEDT-ATD)2PF6(DHF)ではDHFが秩序化することを明らかにした。このことは、この金属-絶縁体転移が一見秩序-無秩序型の転移のように見える。 秩序-無秩序型転移の相転移における極性溶媒の役割について検討した。静電エネルギーの見積りから、強誘電的に溶媒の方向がそろった状態よりも反強誘電的に向いた方がわずかに安定であった。反強誘電的状態の配置では2kFの格子ひずみが求められることから、静電エネルギーの安定化と運動エネルギーは互いに競争関係あると考えられる。すなわちこれらの化合物では、パイエルス型の安定化が秩序-無秩序型転移の安定化を上回っている。