萬葉集巻二に収録された石川女郎と大伴田主の贈答歌は, 女郎を家に泊めずに帰した田主が「風流士(みやびを)」であるか否かを詠んだ歌群である. 本稿は, 二人の歌が指す「風流」の内実を明らかにするとともに, その差異がいかなる点に依拠していたのかを考察した. 従来一二六-一二八番歌群は, なぜ二人の間で同じ行為に対して評価が異なるのかという点が疑問視されてきた. この問いについて本稿は, 石川女郎の行動の典拠として想定する漢籍は, 従来指摘されてきた『文選』のみでは不十分だと考える. そこで左注を含む当該歌群の持つ論理を明らかにするための作業仮説として, 『文選』だけでなく『遊仙窟』も石川女郎の「風流士」像に影響を与えていたとし, その上で当該歌群の解釈を提示した. まず左注における石川女郎の「火を取る」行為, 「鍋」を提げて来た理由を, 『遊仙窟』の文脈を踏まえて検討する. そのうえで贈答歌について, 石川女郎の一二六番は主に『遊仙窟』と『文選』の文脈を援用するのに対し, 大伴田主の一二七番は『文選』のみを援用していることを示した. つまり両者の「風流士」像の相違はそれぞれ典拠とする漢籍が異なっていた点から生まれたものであった. そして『文選』『遊仙窟』それぞれに代表される「風流」の価値は, 大伴田主と石川女郎という人物に託して対比されていたことが分かる. 一見, 雅俗の極致のように見え, 並列した典拠とするには不釣り合いな『文選』と『遊仙窟』であるが, 当該歌群はその二つの漢籍を典拠としてあえて対にすることによって, 「風流」という言葉に込められた二つの意味を提示した. 「風流」という語彙を共有しながら, その中で雅俗が対になって提示される構造こそが当該歌群の注目すべき点であろう., There are contained three romantic exchange of poems between Ishikawa Iratsume and Otomo Tanushi in "Manyoshu." These poems are about Miyabio which means elegant man. Iratsume and Tanushi talked about their views of Miyabio in these poems. This paper discusses what their views of Miyabi is, and what the difference in their views of Miyabi is. In these poems, Iratsume refered to "Monzen" and "Yusenkutsu" which are Chinese classics. The reason why she came to get fire from Tanushi and take the pot In Sachu was that she wanted him to understand her feelings for him. The same situations and words are discovered in "Monzen" and "Yusenkutsu." From these various evidences, she used the context of Chinese classics "Yusenkutsu.". And Tanushi also used the context of Chinese classics "Monzen" for his reply. They used the context of different classics in their poems. There are the different view of Miyabi which had the different authorities. This study shows that these romantic exchange of poems express two views of Miyabi in Japan of those days.